ぺぎら銅鐸掲示板2

あたけた! あまりに使いにくい掲示板だったので、 こちらも併用。

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このたびはありがとうございました  投稿者:佐々木  投稿日:2008年 9月 7日(日)11時18分32秒   返信・引用
   いろいろありがとうございました。
 感謝感激です。今日は○0歳の誕生日、いやうれしかった。百までがんばるでごわす。

 ぺぎらさんに神の加護あらむことを。
 銅鐸カモにも期待しています。

 でもお客さんが。。。
 

銅鐸と鴨という妄想  投稿者:ペギラ  投稿日:2008年 8月13日(水)00時25分20秒   返信・引用
  秦妄想、製鉄妄想という部分に関して
厳しく非難したこと多数。過激になりつつあるので他サイトには
出現しませんが。(笑


銅鐸と鴨という妄想について自戒

賀茂地名地に銅鐸が。
大場先生の面白い発想に勝手に歓喜しおもしろおかしく踊っています。

が。

詳細は、どうか。。

古代地名地、賀茂、鴨地名地と深く関わるのは、
きっと京都賀茂の影響だろうと思う。
まず、間違いないだろう。

が、
根底には、水信仰が存在するのだと信じています。

そう、水神信仰=鴨 だと。

京都賀茂も水神信仰が根幹ではなかろうかと。
氏族的には、賀茂の血族ではない白髪部の一族ではあるが、
鴨県の管理者となった鴨県主であることは間違いない!
であるがゆえに、鴨一族ではないが、
地方の賀茂地名地となる地域の県主レベルの権力者たちがこぞって、
尊ぶ存在として賀茂神を召喚していった。とうストーリー

その地域は水神信仰が色濃く残った。
ゆえに、銅鐸が沢山残っている地域なのであると。

妄想が妄想を呼んでいるとは、思わない昨今です。
 

Re: こんばんは  投稿者:佐々木  投稿日:2008年 5月 4日(日)22時39分45秒   返信・引用
  ペギラさんへのお返事です。

おじゃまさんでした。
私の方では「かも」は「蒲生」と書いてましたね。
 

こんばんは  投稿者:ペギラ  投稿日:2008年 5月 4日(日)21時03分57秒   返信・引用
  ようきや〜した!佐々木さん!!
と、名古屋弁でした。。

「さ」が銅
う〜ん(^_^;)

銅が鳴くなら、「さなぎ」
なんてね。。。

でも、個人的には、「砂」というか、そんな感じがします。

「砂」には、「辰砂」も「砂鉄」も含まれるんじゃなんかと?
大まかに、鉱物系全体。

そんなことを私は思っています。
 

さなぎ  投稿者:佐々木  投稿日:2008年 5月 4日(日)13時44分2秒   返信・引用
   さなぎの「さ」は銅のことでないですか。「ぎ」は器と当てると、「な」が問題です。
銅以外の材質で「なぎ」があったのでしょうか。
 単なる勘ですが、伊賀国の佐那具の地になにか重要なヒントがあると思います。
 大阪新町吉田屋(遊郭?)は江戸時代の絵図や新撰組などで場所は確認できますが、弥生時代には砂浜で、船付き場かなんかあったところでしょう。今どこの博物館がもっているのでしょうか。
 銅鐸の出土地は海浜か見晴らしのよいところでしたので、高地性集落の分布と関係があるように思う。海に舟が来たときの合図の鐘だったのか。低いところと高いところの連絡には使われていたのでしょう。
 また分布の大部分は、近江源氏の佐々木氏や仁徳天皇系の佐々木氏の根拠地でありまして、「ささ」の文字から銅が推定できます。自然銅はさささだそうです。
 

さなぎ  投稿者:佐々木  投稿日:2008年 5月 4日(日)12時13分50秒   返信・引用
  さなぎの「さ」は銅のことでないですか。「ぎ」は器と当てると、「な」が問題です。
銅以外の材質で「なぎ」があったのでしょうか。
大阪新町吉田屋は江戸時代の絵図で場所は確認できますが、古墳時代には砂浜で港かなんかあったところでしょう。
 

Re: 阿波海部氏  投稿者:ペギラ  投稿日:2008年 1月14日(月)11時39分28秒   返信・引用
  > No.51[元記事へ]

せいすいえいこさんへのお返事です。

> ウィキペディア「海陽町」歴史項目の書き込み者です。こちらの「加茂と海部」のページを「海陽町」「ノート」にリンクさせていただけないでしょうか。
>

どうぞどうぞ。(^_^;)

面白い話です。。興味が沸くのですが、いかんせん、現在考える時間が無い!

ということでよろしくお願いします。

http://ec.sakeweb.or.jp/moritaya/

 

阿波海部氏  投稿者:せいすいえいこ  投稿日:2008年 1月14日(月)10時52分0秒   返信・引用
  ウィキペディア「海陽町」歴史項目の書き込み者です。こちらの「加茂と海部」のページを「海陽町」「ノート」にリンクさせていただけないでしょうか。

それと、中世海部氏について「海部但馬守は1352(正平7)年に細川顕氏(あきうじ)によって、山城国久世荘の乱暴人を排除するよう命じられた。(国宝「東寺百合文書」による。)」
という、平成7年版「海南町史」からの文があります。

阿波海部は、徳島県南端ですが、1445年には兵庫から京都へと、多量の木材を搬入していたらしいです。それからすると、ここに出てくる海部氏が阿波海部氏であっても不思議ではないような気もしますが、海部は、他に丹後・尾張・紀伊・豊後にもあります。これらについての検証もないと、確かさがはっきりしません。

1352年の東寺百合文書の記事が紀伊海部氏でないと言える理由には、どのようなものが考えられるでしょうか。それとも、紀伊海部氏である可能性もあるのでしょうか。

検索でこのホームページを見つけましたが、私の疑問の答に該当する部分がわかりませんでしたので、ご迷惑とは思いましたが、メールしました。よろしくお願いいたします
 

Re: 引用のお許しお願い  投稿者:豊山教室  投稿日:2008年 1月13日(日)22時48分24秒   返信・引用
  > No.49[元記事へ]

伊藤弥次郎兵衛さんへのお返事です。


> 問題がありましたら、メールで、ご指摘くださいませんか。

> 必要があれば、引用先を説明、明示。又は削除などで、対応させていただきます。
> (ご連絡の仕方が分からなくて投稿)


いらっしゃいませ。
おいでませ、銅鐸の世界へ(笑


引用等、なんら、問題ございません。

が、京都に、あの銅鐸があるとういう話は知りませんでした。
本当なんでしょうか?

そのあたりが逆に知りたいです。
 

引用のお許しお願い  投稿者:伊藤弥次郎兵衛  投稿日:2008年 1月11日(金)18時21分2秒   返信・引用
  私が管理しています掲示板で、
http://otd5.jbbs.livedoor.jp/yazirobey/bbs_plain
常連投稿者が、こちらの関係の資料を、無断で引用したようです。
#13215
問題がありましたら、メールで、ご指摘くださいませんか。
bey@hotmail.co.jp
必要があれば、引用先を説明、明示。又は削除などで、対応させていただきます。
(ご連絡の仕方が分からなくて投稿)

http://otd5.jbbs.livedoor.jp/yazirobey/bbs_plain

 

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