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Re: 模倣銅鐸 

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 2月 3日(水)01時19分51秒
返信・引用
  > No.76[元記事へ]

京都国立博物館の
【よみもの】

「本物に化けていた倣製銅鐸/難波洋三」


http://www.kyohaku.go.jp/jp/kankou/haifu/yomimono_data/0027.html


難波さんのもうひとつよみもの


「花入などに転用された銅鐸」/難波洋三

http://202.223.183.4/jp/kankou/index01.html
 

模倣銅鐸 

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 2月 2日(火)23時11分22秒
返信・引用
  なんと、旧掲示板の過去ログが、グーグル検索のキャッシュのなかにあった。
感動です!!!!
ありがとう、グーグル

ということで、再掲載です


倣製銅鐸
•どんたく
•投稿日:2006/07/29 16:27
ぺぎらさん、みなさん、こんにちは。 どんたく です。

確かこの間ぺぎらさんから、京都国立博物館の【よみもの】「本物に化けていた倣製銅鐸/難波洋三」を紹介して戴いて、やりとりをしましたね。

そのログが消えてしまって分からなくなってしまいましたが、確か私は個人蔵の「上ノ御堂銅鐸」(島根県埋文センターの出土地名表で言えば兵庫25の銅鐸)がその倣製銅鐸であろうと推定したと思います。

本日午後これについて辰馬考古資料館学芸員の青木政幸氏に電話して確認したところ、それに間違いないとの返答が得られました。
要するにこの個人蔵の銅鐸は「踏み替えし」であるとのことでした。

何かこれについて書かれたものはないかとお訊ねしたところ、上記の京都国立博物館の【よみもの】「本物に化けていた倣製銅鐸/難波洋三」しかないだろうとのことでした。
この銅鐸が個人所蔵のものであるところから、難波氏としてはこれについて余り大きく喧伝することは遠慮しておられる模様です。
ただ、専門家の間では、もはやこの銅鐸を資料として使うことは避けなければならないということだけは、はっきりさせて置きたいという意向のようです。

どんたく
WindowsXP(Home Edition) SP2
CMN v0.50bβ + YosPad 1.41


•コメント
•1.ペギラ
•投稿日:2006/07/30 18:12
どんたくさん こんにちは

あの掲示板の私の部分のログが、かなり著作権違反ですので、
残念ですが、削除しました。二度と見る事はできません。(^_^;)

やはり、あいつでしたか。

> 本日午後これについて辰馬考古資料館学芸員の青木政幸氏に電話して確認したところ、それに間違いないとの返答が得られました。
> 要するにこの個人蔵の銅鐸は「踏み替えし」であるとのことでした。

でも踏み返しでよくあんなのできましたね。
って、踏み返しじゃないとできないんですが、
シリコンとか?あったなら簡単だったろうけど、
それほど簡単にできるわけもなく、
摸倣もまた芸術でしょうか。(笑)

でも考古学的には、いかんですよね。

将来、銅鐸資料に明記されることになるでしょうね。

•コメント
•削除
•2.どんたく
•投稿日:2006/07/30 22:01
>>1
#49 ペギラさん、こんにちは。 どんたく です。

>摸倣もまた芸術でしょうか。(笑)

「ウソツキクラブ会長」を長官として戴く某国の文化庁(※)では、模倣もまた芸術としてきたようです。(^_^)

(※)http://www.bunka.go.jp/1aramasi/frame.asp{0fl=list&id=1000000025&clc=1000000001{9.html

専門家も騙されるような「踏み替えし」は、大変に高度な「技術」だと思います。

>将来、銅鐸資料に明記されることになるでしょうね。

というよりも、銅鐸資料から黙って削除されることになるのではないでしょうか。

どんたく
WindowsXP(Home Edition) SP2
CMN v0.50bβ + YosPad 1.41
 

Re: 長江文明の発見

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 1月20日(水)12時03分39秒
返信・引用
  > No.74[元記事へ]

埋納そして、巨大化していく青銅鐃などの姿をみると、
銅鐸との共通性は非常に感じますが、
わたしとしては、
「文化的類似性」という言葉の通りだと思う。

銅鐃 黄河流域では、最大12センチ(この発行当時)しかないのに、
湖南省出土のものは、最も高いの103.5センチ 最も重いものは221.5キロ

殷周の時代に、長江流域で、すでに完成された青銅器となっているのです。

その1000年から1500年あとの
日本の青銅器・銅鐸など、「薄さ」のすごさは、ありますが、
長江のそれらに比べれば、子供の手作りおもちゃ状態。

深い精神世界のところに共通点はあるだろうが、
偶然、たまたま、銅鐃と文化的類似性のある銅鐸が生まれたのだと思っています。

極端な言い方をするならば、
銅鐃と銅鐸は、無関係。
 

長江文明の発見

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 1月20日(水)11時48分11秒
返信・引用
  長江文明の発見  徐朝龍 著
角川選書 平成10年2月28日

この本のP121〜159
第5章 鄱陽湖の青銅王国
第6章 洞庭湖一帯を支配した謎の王国

このあたりに「鐃」について書かれている。
銅鐸との共通性を指摘しているのが、P154〜155となる。

「えいまい」「瘞埋」(祭祀活動の一環として土に供物を埋める)について
・・・・以下 引用・・・・
一方、洞庭湖畔で出土したこれらの青銅遺物と遺跡は、
一部の学者が主張するように、黄河流域の中原地方における「瘞埋」と
性格上通ずる部分もあったのであろう。
しかし、山頂、山麓および水辺などといった特定の場所を
わざわざ選んで青銅器を埋納するというやり方は中原地方では
あまり知られず、これはやはり稲作を経済基盤とした
長江中流域の文化圏における独特な祭祀の仕方だったのかもしれない。
<省略>
ちなみに、山の中腹に青銅器を埋納する習慣は、
日本の弥生時代に広くみられる銅鐸の埋納風習を強く連想されるものであり、
これはおそらく同じ稲作を経済基盤とした文化的類似性として見られるのかもしれない。
・・・・以上 引用・・・・
 

Re: 埋もれた銅鐸 カモ

 投稿者:神奈備  投稿日:2010年 1月 4日(月)14時42分12秒
返信・引用
  > No.72[元記事へ]

ペギラさんへのお返事です。

 ペギラさん、スキーからお帰り直後のお疲れの所ありがとうございます。

 サナキは『古語拾遺』にも、「鐸(古語に佐那伎といふ)」とあります。

> 「類聚名義妙」に「鐸」オホスズ、ヌリデ、サナギとあるそうです。

 この三つの読み方は公認ということ。

 大阪の東奈良遺跡の近所に式内社の佐和良義神社が鎮座しています。そこの由緒書きに、「祭神のカグツチはカグの神、カグは銅の古語、サワラも銅器を指すので地名と神名が一致し(ギはムラ)云々」とあります。

 サナギ → サラギ → サワラギ などの変化があったのか。

 魚のサワラは大きくなると、サゴシ・40-50cm、ナギ(50-60cm)、サワラ(60cm以上)と呼び名が変わります。ナギは頭に「サ」があってもおかしくはないとすれば、「サナギ」。魚と鐸とは扁平な丸味で何とか共通の要素があるなどと。

 『銅鐸の祭と倭国の文化』三浦茂久著)P19に、「辞書類にある鐸の古訓は、オホスズ・スズ・スス・ヌリテ・ヌテ・ユヒヌキなどである。」とでています。確認はしていません。
 

Re: 埋もれた銅鐸 カモ

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 1月 3日(日)23時36分41秒
返信・引用
  > No.71[元記事へ]

http://homepage1.nifty.com/moritaya/atogaki.html

あとがき
「銅鐸」これを昔の人がなんて呼んでいたか、かすかなヒントがありました。
「鉄鐸」を「さなぎ」というから 探っていきましたら
「類聚名義妙」に「鐸」オホスズ、ヌリデ、サナギとあるそうです。
蚕の繭のサナギと鐸の形状が類似しているのが根拠ではないかと推測します。
「佐奈伎」という字が当てられるようです。
銅鐸が神体の佐ナ神社(但馬)や猿投神社(三河)から間違いなさそうな感じです。

(追記、および変更)13・6・16
「さなぎ」というのは、どうも無理のようです。
かなり「鉄」系統の言葉の影響をうけている。
鉄鐸以外考えられないというのが、今のわたしの考えです。

(追記)14・1・25
私の調べれた限りでは所謂「蛹(さなぎ)」は古語辞典では見つかりませんでした。
一体誰が初めに、蛹のことをサナギといったのか!!
ということで私の調べた内容です。

○古語大辞典(小学館)
さなき(鐸)鉄製の大きな鈴。古代の祭式用具。「ぬりて」「ぬて」とも。
○日本国語大辞典(小学館)
さなき(鐸)の語源説
・サナキ(細鳴)の義(東雅・日本語源=賀茂百樹)
・サナケ(細鳴器)の義(言元梯)
・サヤナキ(鏘鳴)の義(大言海)
・サナキ(狭鳴)の義(神代史の新研究=白鳥庫吉)
・サは接頭語、ナリは鳴の義で単に鳴り物を意味した語(日本古語大辞典=松岡静雄)
・風鈴形をしており、舌が長く垂れ出ているところから舌長(シタナガ)の義
(松屋筆記)
さなぎ(蛹)の語源説
・サナキ(鐸)を見たてた名。繭の中で固まり、振れば音がするところから(大言海)
(語源大辞典)
・ウセナカコモリ(亡中籠)の義(日本語原学=林甕臣)
○日本方言大辞典
・さなぎ−てぐす。または釣り糸にかがった釣り針(島根県美濃郡益田市)
    −ふんどし。(鹿児島県奄美大島、徳之島、与論島)

古代、蛹や卵は、「コ」が基本になっている言葉のようで、
サナギなんてのは、出てこない。

私の中では
鐸(サナキ)の語源が「蛹」だと思っていたら、
蛹(サナギ)の語源が「鐸」かも知れないという本末転倒な結果になっています。

ロトさんちの履歴から、
なんと自分の発言を発見しました。(笑

さらに、追い討ち
「くすび」に古代はあるのか。。。
 

Re: 埋もれた銅鐸 カモ

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 1月 3日(日)16時14分39秒
返信・引用
  > No.70[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

> 銅鐸、特に小さい銅鐸を クスミ と言うと ネット上で散見されますが、出典をご存じでしたら、教えて下さい。
> 大場巌雄先?

う〜ん、、(^_^;) これって、
「小さな銅鑼」を「くすみ」という、というのを間違えたのではなかろうか。

大場氏、藤森氏などは、「さなぎ」に注目していた人たちだから、
「くすみ」という文字は、無いような気がする。

欽明天皇十四年(五五三)十月己酉《廿》◆冬十月庚寅朔己西。百濟王子餘昌〈明王子。威徳王也。〉悉發國中兵。向高麗國。築百合野塞眠食軍士。是夕觀覽。鉅野墳腴。平原濔■。人跡罕見。犬聲蔑聞。俄而脩忽之際。聞鼓吹之聲。餘昌乃大驚打鼓相應。通夜固守。凌晨起見。曠野之中覆如青山。旌旗充滿。會明有着頚鎧者一騎挿鐃者〈鐃字未詳。〉二騎。珥豹尾者二騎并五騎。連轡到來問曰。小兒等言。於吾野中客人有在。何得不迎禮也。今欲早知。與吾可以禮問答者姓名年位。餘昌對曰。姓是同姓。位是杆率。年廿九矣。百濟反問。亦如前法而對答焉。遂乃立標而合戰。於是。百濟以鉾。刺堕高麗勇士於馬斬首。仍刺擧頭於鉾末。還入示衆。高麗軍將憤怒益甚。是時百濟歡叫之聲可裂天地。復其偏將打鼓疾闘。追却高麗王於東聖山之上。

岩波大系本の訓では、「くすび」
頭注には、「軍中に用いる小さな銅鑼」

ここで、おもしろいのは、
本文
>鐃字未詳
>鐃の字(な)未(いま)だ詳(つばひらか)ならず。
頭注
>古訓クスビの語義不詳。

http://www.narahaku.go.jp/collection/?action=detail&c=1317&s=270&meihin=1

個人的には、鐃という金属楽器は、日本には来ていないと思います。

しかし、「くすび」「くすみ」という言葉は、どこからうまれたのか?

銅器などは、時間が経つと色がくすんでくる。
銅器は「くすむ」

なんちゃってか?
 

Re: 埋もれた銅鐸 カモ

 投稿者:神奈備  投稿日:2010年 1月 2日(土)21時18分11秒
返信・引用
  > No.68[元記事へ]

ペギラさんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。

銅鐸、特に小さい銅鐸を クスミ と言うと ネット上で散見されますが、出典をご存じでしたら、教えて下さい。
大場巌雄先?
 

謹賀新年

 投稿者:ペギラ  投稿日:2010年 1月 2日(土)14時26分15秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。
 

埋もれた銅鐸 カモ

 投稿者:ペギラ  投稿日:2009年11月10日(火)11時01分27秒
返信・引用
  > No.67[元記事へ]

この本のなかにも、銅鐸と加茂を推測する記述がある。

P118
第8章 山岳の司霊者
6 鬼火の祭典

>金峯山寺にみられる蛙信仰は、やはり不思議なる泉の神として
>銅鐸のなかにも描かれている。
>蛙神事は古社のなかにしばしばみることができる。
>諏訪神社系では欠かすことができない神事である。
>忌部が服従した司霊者であり、加茂が泉および酒を祭る司霊者として
>存在したことをあわせて考えれば、忌部は役に通じるのではないか。
>忌も役も古代司霊のことばだとすれは、小角はコスミまたはクスミとなろう。

全体を読んでいただかないと、意味がわからないところですので
お持ちでない方は、どこかで、読んでください。(笑
読むに値しない本では、ないと思います。が、個人的な見解ですので。

ここで注目していただきたい部分が
>加茂が泉および酒を祭る司霊者として

この部分は、
P75
第5章酒泉の思想
2 山と泉の国

>そしてこの泉信仰と酒という特殊なる飲料は、たしかに一つの思想でつながった。
>水にめぐまれた大和の地では、いまも八〇を越す酒造家があるが、
>三輪神はそうして酒造家と深い関係があると思われる。
>現在、杜氏(醸造技師)は、但馬、丹波、備中、越後に密集しており、
>この地に蝟集してその技を競っているが、
>この地にはみな加茂神が祭祀され、加茂なる地名が多いのである。

カランカランと、共鳴するものを自分の心に感じた部分。

泉というか、水源というか、とにかに、水と銅鐸をひきつける何かは
多くの人が感じとっている部分では、なかろうか。
 

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