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さなぎの「さ」は銅のことでないですか。「ぎ」は器と当てると、「な」が問題です。
銅以外の材質で「なぎ」があったのでしょうか。
単なる勘ですが、伊賀国の佐那具の地になにか重要なヒントがあると思います。
大阪新町吉田屋(遊郭?)は江戸時代の絵図や新撰組などで場所は確認できますが、弥生時代には砂浜で、船付き場かなんかあったところでしょう。今どこの博物館がもっているのでしょうか。
銅鐸の出土地は海浜か見晴らしのよいところでしたので、高地性集落の分布と関係があるように思う。海に舟が来たときの合図の鐘だったのか。低いところと高いところの連絡には使われていたのでしょう。
また分布の大部分は、近江源氏の佐々木氏や仁徳天皇系の佐々木氏の根拠地でありまして、「ささ」の文字から銅が推定できます。自然銅はさささだそうです。
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