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埋もれた銅鐸 カモ

 投稿者:ペギラ  投稿日:2009年11月10日(火)11時01分27秒
返信・引用
  > No.67[元記事へ]

この本のなかにも、銅鐸と加茂を推測する記述がある。

P118
第8章 山岳の司霊者
6 鬼火の祭典

>金峯山寺にみられる蛙信仰は、やはり不思議なる泉の神として
>銅鐸のなかにも描かれている。
>蛙神事は古社のなかにしばしばみることができる。
>諏訪神社系では欠かすことができない神事である。
>忌部が服従した司霊者であり、加茂が泉および酒を祭る司霊者として
>存在したことをあわせて考えれば、忌部は役に通じるのではないか。
>忌も役も古代司霊のことばだとすれは、小角はコスミまたはクスミとなろう。

全体を読んでいただかないと、意味がわからないところですので
お持ちでない方は、どこかで、読んでください。(笑
読むに値しない本では、ないと思います。が、個人的な見解ですので。

ここで注目していただきたい部分が
>加茂が泉および酒を祭る司霊者として

この部分は、
P75
第5章酒泉の思想
2 山と泉の国

>そしてこの泉信仰と酒という特殊なる飲料は、たしかに一つの思想でつながった。
>水にめぐまれた大和の地では、いまも八〇を越す酒造家があるが、
>三輪神はそうして酒造家と深い関係があると思われる。
>現在、杜氏(醸造技師)は、但馬、丹波、備中、越後に密集しており、
>この地に蝟集してその技を競っているが、
>この地にはみな加茂神が祭祀され、加茂なる地名が多いのである。

カランカランと、共鳴するものを自分の心に感じた部分。

泉というか、水源というか、とにかに、水と銅鐸をひきつける何かは
多くの人が感じとっている部分では、なかろうか。
 

埋もれた銅鐸

 投稿者:ぺぎら  投稿日:2009年10月21日(水)10時52分42秒
返信・引用
  「埋もれた銅鐸」
著作者:森秀人
発行者:紀伊国屋書店

1970年3月31日第1刷
定価 300円

宅内で紛失していた本が、他の本を探していた時に見つかった(笑
この書物のタイトルに、「埋もれた銅鐸」と銅鐸が強調されているが、
さして詳しく考察しているわけではない。
オビのコピーも、

「銅鐸、古墳、神話等の考察を通して、
古代天皇制の特異な成立過程を民衆の視座から究明」

となっているように、材料の一つというところです。

この本のなかで、いちゃもんを一つ。(-"-)
P104から始まる
第8章 山岳の司霊者
P107
3 役の行者
このあたりは、よくある役の行者のお話
大きく否定をするようなことはしませんが、
これは許せんという部分は
P111
>国家の高官中にも、小角の信奉者が、たくさんいた。
>そのなかに従五位下の韓国連という高い地位にある広足も、
>門弟としてあったが、この広足は、小角とどんな不和があったか分からないが、
>「続紀」によれば、広足が小角の呪法の能力を嫉妬して、そのために
>讒訴して、文武三年の三月に、小角は伊豆の島に遠流された。

「続紀」を出してきているのなら、続日本紀を間違いなく参照しているということ
なのに、意味を勝手に解釈して、誤訳したうえに、誤解もしている。
なんとも、これだけで、私の中では、森さんの信用ががた落ちだ。

文武三年(699)に韓国連広足は、従五位下にはなっていない。
年齢的に考えても20歳もいっていないまだ青年、いや少年の可能性もある。
そんな子供の讒訴が当時の朝廷を動かせるか!ってこと。

http://doutakupegira.black.coocan.jp/?m=listthread&t_id=105&summary=on

本すべてを、どうこう言うことはありません。
おもしろい視点で見ているところが多く、
古いんだけど(書物的には)新しい発見(私的に)が多々。
 

はじめまして♪

 投稿者:史実探偵: 平 素人  投稿日:2009年10月10日(土)11時25分58秒
返信・引用 編集済
  「卑弥呼が埋めさせた大量の銅剣と銅鐸」の広報をしています。
  歴史まったくの素人なので、その探偵を名乗っています^^。
出雲と野洲と神戸で、大量の銅鐸がヒレという部分を寝かせて埋めてあった。その出雲で358本もの銅剣が出土している。“共通の文化があれば共通の事象あり” 大量の銅鐸と大量の銅剣は『その荒神に、その剣二度と持たせてはならない!』と分離して埋められている! であるならば、出雲「岩倉」と同様な雨乞い文化があり、岩の地名が付く、野洲「大岩山」、神戸「いわや」、総社市「岩屋」でも、必ず大量の銅剣が出雲と同じような関係場所に埋められている♪( 吉備の総社市では、両方が未掘ですよ^^!)
では、何故それが「卑弥呼」と結びつくのですか?
「銅鐸文化」から「銅鏡文化」への移行・変換は何人も否定できず、その“変換点”に「魏」からの銅鏡100枚があり、卑弥呼がいる!! ヒミコは、幼児の人身供儀を伴う銅鐸(は荒神を呼び寄せ乗り移す媒体)文化から、「天気を司るのはお日様であり竜神はそのお使者である」とし、銅鐸と銅剣を持ち寄り封印し、その代わりに主神太陽の象徴である銅鏡を与え幼児の人身供儀を止めさせようとした。卑弥呼は、もとはと云えば“衆生・雨乞い”のため人里離れた境内で“人身供儀用”に育てられていた3歳〜7歳までの稚児であったが・・・、 myブログへつづく^^!

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-0.html

 

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 投稿者:ぺぎら  投稿日:2009年 9月29日(火)17時20分36秒
返信・引用
  一定期間投稿がないと、
広告表示がされてしまうのか!!
知らなかった

これからは、月一ぐらいは 投稿します。
 

カモ族の活動

 投稿者:つしま  投稿日:2009年 3月10日(火)11時29分48秒
返信・引用
  カモ族が海洋民族であることはよく知られていますが、陸上交易においても重要な中継点を掌握していたようです。とくに日本海と瀬戸内を結ぶ陸上のルートにはカモの地名が点在します。たとえば由良川と加古川の接点である兵庫県氷上の賀茂、日野川と旭川水系の接点の岡山県の美甘、鳥取の千代川と吉井川水系の接点である津山市の加茂。これらのルートに沿って銅鐸の出土地も多いようです。  

Re: はじめまして

 投稿者:ペギラ  投稿日:2009年 3月 8日(日)21時48分14秒
返信・引用
  > No.62[元記事へ]

つしまさんへのお返事です。

> 私もカモ族にはまっています。カモ族の探求は地名から。そのように考えて全国のカモ・ガモのつく地名を1000ヶ所以上収集しました。分布を考察すると、古代カモ族の活動の様子が浮かんできます。

いらっしゃいませ。。。m(_ _)m

地名探求いいですね〜!!

カモ地名、とりあえず、収集することは非常に大切なことだと思います。
カモにかぎらず。ですが、
分厚い屁理屈を作成するには、絶対に必要なものです。

屁理屈という言い方は極端ですが、
懐が深くないと、うすっぺらいものになってしまいます。
だから、
そこを足がかりに、一つずつ、丹念に、じっくり見つめていこうと思っています。

面白いネタがありましたら、教えてくださいね。!”!
よろしくお願いいたします。

がしかし、現状、超忙しくて、時間がないのが。。。(苦)
 

はじめまして

 投稿者:つしま  投稿日:2009年 3月 4日(水)10時11分35秒
返信・引用
  私もカモ族にはまっています。カモ族の探求は地名から。そのように考えて全国のカモ・ガモのつく地名を1000ヶ所以上収集しました。分布を考察すると、古代カモ族の活動の様子が浮かんできます。  

このたびはありがとうございました

 投稿者:佐々木  投稿日:2008年 9月 7日(日)11時18分32秒
返信・引用
   いろいろありがとうございました。
 感謝感激です。今日は○0歳の誕生日、いやうれしかった。百までがんばるでごわす。

 ぺぎらさんに神の加護あらむことを。
 銅鐸カモにも期待しています。

 でもお客さんが。。。
 

銅鐸と鴨という妄想

 投稿者:ペギラ  投稿日:2008年 8月13日(水)00時25分20秒
返信・引用
  秦妄想、製鉄妄想という部分に関して
厳しく非難したこと多数。過激になりつつあるので他サイトには
出現しませんが。(笑


銅鐸と鴨という妄想について自戒

賀茂地名地に銅鐸が。
大場先生の面白い発想に勝手に歓喜しおもしろおかしく踊っています。

が。

詳細は、どうか。。

古代地名地、賀茂、鴨地名地と深く関わるのは、
きっと京都賀茂の影響だろうと思う。
まず、間違いないだろう。

が、
根底には、水信仰が存在するのだと信じています。

そう、水神信仰=鴨 だと。

京都賀茂も水神信仰が根幹ではなかろうかと。
氏族的には、賀茂の血族ではない白髪部の一族ではあるが、
鴨県の管理者となった鴨県主であることは間違いない!
であるがゆえに、鴨一族ではないが、
地方の賀茂地名地となる地域の県主レベルの権力者たちがこぞって、
尊ぶ存在として賀茂神を召喚していった。とうストーリー

その地域は水神信仰が色濃く残った。
ゆえに、銅鐸が沢山残っている地域なのであると。

妄想が妄想を呼んでいるとは、思わない昨今です。
 

Re: こんばんは

 投稿者:佐々木  投稿日:2008年 5月 4日(日)22時39分45秒
返信・引用
  ペギラさんへのお返事です。

おじゃまさんでした。
私の方では「かも」は「蒲生」と書いてましたね。
 

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