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Re: 奧原敏雄先生ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 3月14日(月)07時54分54秒
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  > No.2758[元記事へ]

いしゐのぞむさんへのお返事です。

> 尖閣研究の開祖。巨星墜つ。
> http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2016010700697
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A7%E5%8E%9F%E6%95%8F%E9%9B%84
> 奧原敏雄。おくはら、としを。日本熊本縣人、國士舘大學名譽教授、國際法。昭和七年大連生まれ、平成二十七年12月30日歿。享年八十三歳。尖閣諸島(古名釣魚嶼)の研究に力を盡くし、日本尖閣學の開祖とされる。
> 昭和四十年代後半、京都大學教授井上清との間で戰はされた奧原井上論爭は、尖閣史論爭の基本形となった。
> 井上は赤尾嶼(久米赤島、大正島)まで歴史上のチャイナ領土だったとしたが、奧原は清國官製の臺灣(たいわん)地誌に清國臺灣府の北限が鷄籠(基隆)までと記載されてゐることを以て井上の主張を否定した。
> また琉球册封使最古の記録である陳侃『使琉球録』に、琉球國王からの派遣人員が水先案内をつとめたと記載されてゐることに奧原が最も早く論及し、チャイナ側が尖閣諸島の發見者であることを否定した。
> [時事通信] 奥原 敏雄氏(おくはら・としお=国士舘大名誉教授・国際法)2015年12月30日午後1時23分、前立腺がんのため千葉県柏市の病院で死去、83歳。熊本県出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻美津子(みつこ)さん。(2016/01/07-17:16)
>



奥原先生は愚生の恩師です。逝去されたことを知りませんでした。有難うございます。

私がホームページを立ちあげる時に、電話で先生の論文の掲載の許可をお願いしたのが最後の会話となりました。その時に先生は、「尖閣の日本領有の根拠は当時私が明確に全て証明した。」と述べられました。力による領有権の変更については、「それは法理論的に考える私の関知するところではない。それは政治の問題である。」というニュアンスで話されたことも忘れられません。この言葉は間違いなく私に影響しています。政治力を考えないと尖閣はやられると。また最後にこう言われました。私の論文を掲載するのはよいが、それは中国を敵とするもので、中国からの圧力はただごとではない。注意するように。」と。

私の掲載した先生の論文は全てその時に先生から送られたコピーをパソコンに手写ししたものです(。私もコピーは持っていましたが、著書の殆どをコピーしてお送り戴いたことに、感謝し、感激しました。当時正解率は低くかったのですが、スキャナーによる文字変換もありましたが、それでは転載を許可され著書を送って戴いた先生に申し訳なく手写ししました。その為誤字脱字が多いので、正確を期す為に機械変換してそれを手直しした方がよかったとのではと思っています。
 
 
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