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鷺池コレクション

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 8月15日(水)21時54分49秒
返信・引用
  「考古学ジャーナル210 1982」などの地名表に不明銅鐸として載っている。

1985  銅鐸の研究 図録編 梅原末治 木耳社 第140(1)

行方不明だが、画像は存在する。

そしてこの銅鐸を、みな 外縁付鈕2式6区袈裟襷文としている。

ここで、おかしなことになっている。

外縁付鈕2式の袈裟襷文銅鐸に、6区など存在するのだろうか?

もし存在するならば、これが知られている銅鐸の中で唯一のものとなる。

そもそも6区の袈裟襷文は、扁平鈕新段階から。古段階には存在しない。

それが外縁付鈕2式であることは、まず無いだろうな。

似たような銅鐸は、確かに扁平鈕新段階にある。

不明鐸の慶応大蔵
紀伊の伝日高郡

雰囲気的に1a式に似ているような気がしますが。
どうなんでしょうか?

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 
 

姫路市夢前町神種出土銅鐸

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 8月14日(火)00時51分24秒
返信・引用
  この銅鐸には、昨今の分類作業のなかで、極めて違和感を感じる一品。

すでに焼失してしまい、過去の資料でしか見る事ができないのだが、

1964  日本原始美術4 杉原荘介 講談社 銅鐸1
1977  日本原始美術大系 4 鐸 剣 鏡 田中琢 p32 25
1983  銅鐸 三木文雄 柏書房 p74 104(拓本)

ほぼ同じもの。

何に違和感を感じるかと言うと
難波分類
菱環鈕2Ⅰ式
横帯文

鈕の姿は、菱環鈕なのだが、
身の文様が異様

2区横帯文

と多くは表示していますが、
これは、横帯分割ですよね。

さらに、区画内に4頭渦文

この渦文だけでも変であるのに

さらに この銅鐸は
上面区画の渦文を、避けるように孔がある。

いや表現が違うな、孔を避けるように渦文を配置している。

この部分が異様に違和感を感じる

さらに この銅鐸の残存姿が、あまりにも綺麗すぎる

ほかの菱環鈕の銅鐸たちとは、比べ物にならない
まるで扁平鈕式新段階の6区袈裟襷文や渦森型のような

渦文のある銅鐸ならば
外縁付鈕2式
鈴鹿市磯山町
4区袈裟襷文

があります、同笵で辰馬432

この子達はもちろん渦森型の銅鐸も耳がある。

しかし、当然といっていいのだが、菱環鈕の神種の銅鐸には耳もない

本当に、この銅鐸は???





http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

nifty解約

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 8月 1日(水)23時10分39秒
返信・引用
  とうとう、ニフティともお別れです。

ということで、8月末で、ニフティのHPは終了となります。

今後は、「銅鐸サロン」でよろしくお願いいたします。

この掲示板はティーカップなので、
今のところ現状のままです。

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

Re: 九州国立博物館

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月29日(日)14時24分3秒
返信・引用
  > No.308[元記事へ]

もう一つ

画像が公開されていないが、所蔵されている銅鐸が有る

http://collection.kyuhaku.jp/advanced/2159.html


79.2 袈裟襷文


これが、難波分類にある中根型のやつだな。


となると、あの近畿式は??どこから????

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

九州国立博物館

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月29日(日)13時22分42秒
返信・引用
  https://www.kyuhaku.jp/
http://collection.kyuhaku.jp/gallery/2160.html
http://collection.kyuhaku.jp/gallery/34641.html

こちらの博物館にて、銅鐸画像が公開されています。

一つは、三木先生の取り違え画像でとりあげました
1978  銅鐸 辰馬考古資料館 52
1983  銅鐸 三木文雄 柏書房 p51 69-1

外縁付鈕1式 4区袈裟襷文 中山型
同笵銅鐸のたくさんあるやつです。

ここにあったのか!!

もう一つ
突線鈕の近畿式

愛知県出土の可能性と記述されているが、
もしかした、難波分類にある

伝三河(愛知県)出土
Ⅴ 豊橋市付近  4 突線鈕3式 三遠4式 中根型 九州国立博物館

これだろうか?

重要美術品 考古 50

どうすれば、この重要美術品の一覧を見る事ができるのだろうか?

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

Re: 野木銅鐸

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月28日(土)18時45分4秒
返信・引用
  > No.306[元記事へ]

ついでに、


> 2003  考古資料大観 第6巻  小学館 p93-3
>

2003  考古資料大観 第6巻  小学館 p102-1

ここに伝日高郡銅鐸として記載されている。

やはり 井上先生の銅鐸画像データベースが源ですかね。

画像の写り方は違いますが、同じ銅鐸です。

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

Re: 野木銅鐸

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月28日(土)17時27分42秒
返信・引用
  > No.297[元記事へ]

これも非常に不思議な銅鐸です。

画像データとしては、
1983  和歌山県史考古資料  和歌山県 補遺PL2
1993  銅鐸の世界展  神戸市立博物館 p31 49
2003  考古資料大観 第6巻  小学館 p93-3

このなかの、 銅鐸の世界展と考古資料大観が、野木銅鐸としている。
出土地 福井県上中町野木 42.4
扁平鈕2式6区袈裟襷文
東京大学考古学研究室


福井県で出土とする意味が不明。
福井県の資料では出土銅鐸の数には入っていない。

他の資料としては、井上先生の銅鐸画像データベース

これには
NO4 福井県野木銅鐸 画像出典 「銅鐸の世界展  神戸市立博物館」とし

NO341 伝和歌山県日高郡 画像出典 「和歌山県史考古資料」としている。

共に、高さは42.4

この二つは同じ銅鐸の画像です。


本当にこの野木銅鐸というのが、どこから出てきたのか、知りたいところです。

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

Re: 福田型銅鐸

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月21日(土)01時09分48秒
返信・引用
  > No.301[元記事へ]

福田型とは呼ばれない、福田型類似鐸

荒神谷1号

4区袈裟襷文 明確に身に型持孔あり

ここが、福田型と呼ばれない原因ですが、

よくよく見ると、鈕がすごく面白い。

所謂、佐原分類から逸脱しているこの銅鐸の鈕。および身の文様。

よくよく、さらに見ると、ますます変な銅鐸。


色々、変なんですが、
面白い 鈕部分でまず、はじめましょうか。

外縁付鈕式?という表記が難波先生の地名表にはありますが、
井上先生などは、外縁付鈕1式や2式と表記されたりする。

外縁付鈕1式というのは、ちょっと難しいですが、
2式というのならば、そうかもしれないな~という感じですかね。

舞の孔が見た目、2個という感じなので。

話を戻しまして、鈕の部分。
ここがすごい!

菱環といわれるような、あの三角形ぽい部分が、存在しないと言っていいかもねぎ。

福田型の銅鐸の流儀と非常に近い物がありますが、
雰囲気でいえば、吉野ヶ里の銅鐸の鈕が解りやすく近い感じだろうか。

なんて言えばよいのか、菱になっていない菱環。円環とはちょっと違うだろうな。

1995「荒神谷遺跡と青銅器 島根古代文化センター」p41
ここの表記を引用

・・・・
普通の銅鐸には鈕に菱環(断面が菱形の部分)があるが、
この銅鐸の場合菱環にあたる部分が扁平で断面が菱形にならず、
外縁部との境は段状になっている。
・・・・

菱環ではないこの部分、適当な例えが思い浮かばないが、
文字にするならば、扁平環というのもありだろう。

で、この銅鐸、この菱環鈕式ではなく、扁平環鈕式の小さな銅鐸に
幅のある、鰭と外縁を、まるで、「とってつけた」という表現が
いいのかわるいのか、わかりませんが、そんな感じ。

これをまじまじと見ていると、
脱着できるウルトラセブンのアイスラッガーのようにも見える。(笑

面白がっているのは、私だけだろうか?
病気か?




http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

砥鹿神社 銅鐸

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月15日(日)00時02分29秒
返信・引用 編集済
  この銅鐸の高さについての表記の変遷が、なかなか面白い。

三遠式への移行直前と思われる、貴重な銅鐸例ですが、

銅鐸の高さが何とも言えないことに。


そもそもを 年代順に追ってみよう。

1901  三河国考古資料二則              一尺一寸九分(約36)
1964  日本原始美術4 杉原荘介           36.0cm
1977  日本原始美術大系 4 鐸 剣 鏡 田中琢   54.5cm
1981  三河の銅鐸展図録 蒲郡市郷土資料館      54.5cm
1982  考古学ジャーナルno210 佐原・春成     54.5cm
1985  銅鐸の研究 資料編 梅原末治         一尺一寸八分(約36)
1991  愛知の銅鐸  愛知県清州貝殻山貝塚資料館   39.2cm
1998  画像処理システム・銅鐸データベース井上洋一  54.5cm
2002  島根県古代文化センター地名表         54.5cm
2003  考古資料大観 第6巻  小学館         54.5cm
2007  難波分類地名表                35.6cm


現在 文化財ナビ愛知では
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kouko/kensitei/0723.html

36cmとしている。

さらに、砥鹿神社宝物殿では、

35.6cmとしているようです。

今回のあらさがしで、 ふっ と笑ってしまったのが、

難波先生が 佐原先生に流されていなかったことです。


どうして、こんな流れになってしまったのか?
やはり、佐原先生の魔力が凄すぎるんでしょうね。神の力ですかね。

間違えた原因を考えると、この一尺一寸を一尺八寸としてしまったようですね。

そのあと、誰も実測しないんかい!ってことですよね。

これは、結構、面白ネタです。

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

Re: 難波分類

 投稿者:ペギラ  投稿日:2018年 7月12日(木)05時05分52秒
返信・引用
  > No.302[元記事へ]

早速わかった。

> 難波分類に基づく銅鐸出土地名表の作成 2007
>
> 外縁付鈕1式末 縦型流水文
>
> 伝近江  辰馬407
> 伝大和  辰馬414
>
> 外縁付鈕1式の縦型流水文って、この2つしかないんだ。と思い眺めてみると
>
> えっ! どこに縦型?
>
> 明確に縦型流水文と文字のあるのは、
>
> 2011  大岩山銅鐸から見えてくるもの  滋賀県立安土城考古博物館
> p24 27
>
> 難波先生が同笵としているこの2鐸
>
> なにかしら、わけがあるから、縦型だと思うのだが、
>
> 見た目、普通の2区の横型流水文。
>
> そのわけが知りたい!!

身に横帯が2帯存在するということだ!

もう数年前にもこんな疑問を投げかけたことがあったことを思い出した。
いつもいつも同じところをいったりきたりです。


上端に横帯のある2区の流水文なんて横型流水文には存在しないんだ。

これは流水文の基礎の基礎なんだ。

6c2x

どうしても縦型と言われると、井向1号を想像してしまい忘れてしまう。


佐原先生、難波先生 すごいです。

流水文奥が深し

http://doutaku.saloon.jp/kodainonazo/index.html

 

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