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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 3月 3日(月)07時04分13秒
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成26(2014)年3月3日(月曜日)
       通巻第4168号
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 3月14日はホワイトディ? そんな安っぽい風俗より大事なことがある
   中国がスプラトリー諸島を侵略したのは3月14日だった
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 1988年3月14日、南シナ海スプラトリー諸島で中国海軍の軍艦の攻撃によってベトナムの艦船が襲われ、64名が犠牲になり、61名がいまも不明。
これを「赤爪礁海戦」と言う。


 英語名ジョン・サウス・リーフ(ベトナム語ガック・マ。中国名が「赤爪礁」)が中国の手に落ちた。
スプラトリー(南沙)諸島の主権をまもるために海域に派遣され犠牲となったベトナム兵士を追悼する催しをベトナム政府は、過去二回開催してきた。

 現場はベトナムが実効支配しているコリンズ岩礁から僅か4海里の岩礁付近である。
 中国軍艦の砲撃と機関銃による発砲で、ベトナムの輸送船(HQ604)一隻が撃沈され、三隻が破損した。火力の差はおおきく、中国側はひとりが負傷しただけだった。

 ベトナムの輸送船に搭載された砲は僅か射程500メートル。中国側は射程3・6キロから5・4キロだったと半世紀後にはじめて生き残りのベトナム兵士が証言した。

中国は南沙諸島の数個の岩礁を奪取し、「ここは中国領だ」と主張し始めた。赤爪礁には軍事施設を建設し、軍の常駐がみられるようになった。

 あれから26年を閲した。

 しかしベトナムは大きな声をあげず、追悼儀式も控えめだったのは、中国との友好を信じてきたからだ。
中国を「大きな兄」と呼んできた。ベトナム戦争では支援してくれた。

 しかし1974年1月19日に中国は西砂諸島(パラセル諸島)のベトナムが実効支配してきた諸島にも侵入し、ベトナムの護衛艦一隻を撃沈し、34名が死んだ。付近は殆どが無人島であり、中国の目的は戦略的軍事拠点の確保である。

 その後、中国は永興島に2600キロの滑走路をもつ軍事基地を建設した。当時はベトナム戦争中であり、ベトナム側は南北に政府が存在していたため、突然の西砂諸島占拠もうやむやのまま、ベトナム統一後への解決が持ち込まれた。

 中国はこの間、改革開放に転じていたが、一方でトウ小平は海軍力充実を劉華清に命じ、中央軍事委員会は了承していた。「沿岸防衛」のスローガンが「近海積極防衛」となった。劉華清は「中国海軍の父」を呼ばれた。


 ▼排他的経済水域の確保は資源争奪でもある

 南沙(スプラトリー)諸島は18の小島でなりたつが、多くが岩礁、あるいは砂州である。軍事的橋頭堡をつくる目的が主だが、中国のもう一つの狙いはEEZ(排他的経済水域)を持つことにより、海洋資源、海底油田の確保がある。

日本が領有していた時代にはリン鉱石を採集していた。

1951年にサンフランシスコ条約で日本が放棄したあとベトナムがフォクトイ省の一部に編入したが、70年代に海底油田の存在が確認されるや、中国は領有権を主張した。その当時、居留していた住民の虐殺も中国軍の手で行われ、これを「スプラトリーの虐殺」というが、ベトナムは公表を控えてきた。フィリピン、マレーシア、ブルネイも主権を主唱している。

西沙(パラセル)諸島は珊瑚礁からなる小島が多く、いまや中国が全域を支配している。フランスがインドシナ植民地支配の頃はフランス軍の常駐もみられたが、1954年にフランスが去ってから、ベトナムが西半分を中国は1956年に東半分を占領してきた。

 1988年3月14日の「赤爪礁」海戦以後、中国は1995年にフィリピンのミスチーフ岩礁をフィリピン海軍不在の不意を突いて突如占拠し、軍事施設を構築した。

2007年には中国海軍が西沙海域で軍事演習を行い、南沙、西沙にまたがる「三沙市」を一方的に設立したと主唱し始める。実際に三沙市などと「市」に昇格させ、市長やら党書記を置いた。

海南島には潜水艦基地の存在が明らかとなった。

 フィリピン領海にあるスカボロー座礁(黄岩島)はルソン島から僅か220キロ。環状の岩礁であるため格好の漁場であるとともに漁船の避難場所としてフィリピン漁船が活用してきた。

島名は18世紀にスカボロー号という茶貿易船が座礁したことに由来する。


▼スカボロー礁も中国軍の手に落ちた

 1983年、中国は突如「黄岩島」と命名し、中国領土だと主張し始める。米軍がスービック湾から撤退したため当該海域は真空状況だった。
 1998年にはフィリピン海軍が不法操業の中国漁船を拿捕し、船員51名を半年間拘束した。
 99年からスカボロー海域で両軍は軍事的対峙をはじめ、2000年には領海侵犯の船長をフィリピン海軍が射殺するという事件が起きた。

2012年から中国海軍が常時出没しはじめるようになり、軍事的緊張が高まり、13年9月には中国がコンクリートブロックを築いたためフィリピンは国際裁判所に提訴した。このような状況の激変によりフィリピンのチャイナタウンはがら空きとなって反中国感情が高まった。

 同様にベトナムでは過去二年、IT革命により若者らがインターネットやスマホで、情報を仕入れ、自由な討論をはじめる。はじめて知った若者らがハノイの中国領事館にデモをかけるようになり、ベトナム政府は皮肉にもこれを規制するということが繰り返されている。共産党独裁のベトナムでもネット世代がふえ、2013年からテレビでも番組が放映されるようになった。

 これらのことで得られる教訓とは何か?

 隙ができて、海軍力に差が明らかとなり、相手国の脇が甘いと判断したら中国は平然と他人の領土を侵略する。したがって尖閣諸島に中国軍は必ずやってくる。

 ましてウクライナの暴動、政変によりロシア軍はクリミア半島へ進出した。米と欧米はロシアを牽制しているが、プーチンは撤兵しないだろう。この空隙を衝いて中国軍が尖閣諸島に上陸占拠する可能性は日々高くなったとみるべきではないか。
 
 
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