防空識別権の名を借りた中国の領空拡大を許すな
中国に怯え誤った行動に出た日本航空、全日空
2013.11.27(水) 織田 邦男
http://www.usatoday.com/story/news/world/2013/11/26/japan-china-senkaku-islands/3746771/
11月23日、中国国防省は東シナ海上空に防空識別圏を設定したと発表した。発表には防空識別圏設定に関する声明と規則を定めた公告も含まれ、同日午前10時(日本時間11時)から施行された。
中国空軍は早速、TU154情報収集機、Y8電子偵察機を尖閣諸島の北約40キロまで飛行させ、防空識別圏を巡航させたことを表明した。
防空識別圏なら問題ない、しかし領空なら全く別
【図解】中国が設定した防空識別圏
中国が設定した“防空識別圏”〔AFPBB News〕
この防空識別圏には沖縄県の尖閣諸島も含まれ、我が国の防空識別圏とも重複する部分が多い。同日、外務省の伊原純一アジア大洋州局長は中国の韓志強駐日公使に電話で厳重抗議した。米政府も同日、中国に外交・軍事ルートで強い懸念を伝え、素早い対応を示した。
メディアも一斉に取り上げた。だが、不意打ちをくらったせいか、的外れの議論が多い。今回の中国の動きに関し、何が問題で、何が譲れないかを明確に整理しておく必要があるだろう。
新たに設定した中国の防空識別権が日本の防空識別圏と重複しているのが問題なのではない。また「我が国の固有の領土である尖閣諸島の領空を含むもので、全く受け入れられない」という抗議も、厳密に言えば正確ではない。
問題は、公海上に設定した防空識別圏が中国の管轄権が及ぶような空域になっていることである。つまり防空識別圏とは言いながら、あたかも領空のような空域を設定し、国際法で認められた公海上空の飛行の自由を妨げていることなのである。
しかもその中には我が国の領空(尖閣諸島)が含まれており、尖閣諸島の領空があたかも中国の領空であるかのごとき設定をしていることである。
中国国防省の公告に拠ると、「防空識別圏は中国国防相が管理する」としたうえで「圏内を飛行する航空機は飛行計画を中国外務省または航空当局に提出する義務」を負わしている。また「圏内の航空機は、国防省の指令に従わなければならない」とし「指令を拒み、従わない航空機に対し、中国は防御的な緊急措置を講じる」と明記している。
これは、国際法上の一般原則である公海上の飛行自由の原則を不当に侵害するものであり看過できない。
中国高官は「防空識別圏を設けるのは、日本人の特権ではない。私たちも設定することができる」と語っている。そのとおりであるが、今回設定したのは、防空識別圏の名を借りた中国の「管轄空域」だと言っていい。
そもそも防空識別圏とは排他的且つ絶対的な主権の及ぶ領空に近づいてくる国籍不明機が敵か味方かを区別するために、領空の外側に設けた空域である。
国際法上の規定はなく、各国はそれぞれ国内法で独自に定めている。だが当該国の管轄権が認められるわけではない。従って公海上である限り、防空識別圏内であっても外国機が何ら飛行を制限されることはない。
<h4>
日本航空や全日空の対応は不必要</h4>
国境を接する国では相互に調整のうえ、相手の領域内に設定している国もある。従って重複しているから問題だ、あるいは隣国の領域が入っているから問題といったことは的外れと言える。
日本の場合、占領軍が線引きした防空識別圏をそのまま受け継いでいるわけであるが、防衛省の訓令でこれを規定し、そして国際社会に公開している。
防空識別圏の根拠が法律でなく、内規の訓令に過ぎないことからも分かるように、他国の航空機に対して何ら義務を課すものではなく、自衛隊に対し対領空侵犯措置の基準として示したものにすぎない。
日本の防空識別圏はAIPで公表され、防空識別圏に入る航空機には事前に飛行計画を求めている。だが、これすら義務ではなく、自発的協力ベースである。これまで近隣諸国の軍用機が通報してきたことはほとんどない。
(AIP[aeronautical information publication]: ICAO[国際民間航空機関]の勧告に基づき各国が発行する航空機の運航に必要な情報が記載された刊行物)
日本の防空識別圏は、民間機に対し飛行計画を求めていると報道しているメディアもあるが、これも誤りである。民間機については、ICAO(国際民 間航空機関)により各国のFIR(Flight Information Region: 飛行情報区)が設定されており、民間機の飛行情報は各FIRが管理している。
FIRは航空交通の円滑で安全な流れを考慮して設定されたものであり、日本周辺は防空識別圏より広い範囲が設定された「福岡FIR」が管轄し、民間機の飛行計画を掌握し、航空機の航行に必要な各種の情報の提供などを行っている。(地図はこちら)
自衛隊は防空識別圏を飛行する民間機の飛行計画をFIRから入手して照合することにより、彼我識別を実施するわけであり、自衛隊から民間機に対し事前に飛行計画を要求しているわけではない。
今回の件を受け、全日空や日本航空は、早速この防空識別圏を通過する台湾便などの運航で中国当局に飛行計画を提出したという。中国当局は、こういった民間機の情報は上海FIRを通じて得ているはずだし、全く不必要な過剰反応と言える。
結果的に中国の不当な行動に加担することになったのは極めて残念である。
<h4>
中国の狙いは米軍・自衛隊の接近拒否/領域拒否</h4>
中国外務省の秦剛報道官も「外国の民間航空機が防空識別圏内を飛行する自由はいかなる影響も受けない。識別圏は正常に飛行する国際民間航空を対象としたものではない」と述べている。また26日、国土交通省からも「従来通り」のお達しが下されている。
今回の防空識別圏という名の「管轄空域」の設定は、中国による力を背景とした現状変更の試みであるのは間違いない。
「現状を一方的に変更し、事態をエスカレートさせ、不測の事態を招きかねず非常に危険」と安倍晋三首相は述べている。またチャック・ヘーゲル米国防長官は「地域の現状を変更し、不安定化させる試みだ。一方的な行動は誤解と誤算の危険性を増大させる」と非難している。
中国が声明どおりの行動を取れば、東シナ海上空の航行の自由は制限され、米軍・自衛隊の警戒監視活動や共同作戦、あるいは米軍単独の軍事行動が妨げられる。まさに「接近拒否/領域拒否」そのものである。
楊宇軍報道官は「国際社会のルールにのっとったものであり、中国が自衛権を行使するために必要な措置だ」と述べる一方、「準備が整い次第、他の防空識別区を順次設置する」と述べ、南シナ海でも同様な防空識別圏を設定する用意があることを示唆している。
南シナ海では「9ダッシュライン」で囲まれる南シナ海の約9割の領有権を主張し、実効支配を強めている。今回、東シナ海上空を事実上、自国の領空 として実効支配に乗り出したが、これを許すと第1列島線内が、事実上中国の領域となる。シーレーンを依存する我が国としては死生存亡がかかる。
台頭する中国に対し、国際規範を守り、責任ある利害共有者として誘導していくという関与政策は、唯一無二の対中国政策である。だが、関与政策には長い年月を要すため、独善的で邪な誘惑に駆られないよう、状況がどう転んでも対応できる備えヘッジ戦略が欠かせない。
今回の事例はまさにヘッジの時であり、今後の関与政策の試金石となろう。米国、韓国、豪州、台湾、東南アジア諸国など、共通の国益を有する国が協力、連携し、スクラムを組んで、防空識別圏の撤回を迫ることが強く求められている。